2008.10.14

そして、僕はひきこもる

馬場正尊
 

2ヶ月の長い旅行から帰ってきた僕には、広大な針のムシロが待っていた。
両方の親は、この2ケ月間に、誰が今回の「できちゃった事件」の相手なのかをすでに突き止めていた。さまざまな友人の情報筋を当たったらしい。
いつのまにか親戚になってしまっていた彼らは、何度か協議を重ね、この後どうするかを話合っていた。僕らが不在のまま・・・。
当然、親からは激怒され勘当同然、当たり前だ。
それからは極度の貧乏生活がやってきた。

大学4年の冬頃。子どもは生後3ヶ月くらい。途方に暮れる毎日だった。
各方面からプレッシャーがかかる。
「これからの生活はどうするんだ、食わせていけるのか、籍はいつ入れるのか、大学は卒業できるのか・・・」どこに行っても質問責めで、その言葉は重荷となって積み重なっていった。21歳の僕は今ほど図太くもないので、いちいちそれに過剰反応した。もちろん彼女からも暗黙のプレッシャーが・・・。
いつのまにか、軽いひきこもり状態に陥る。
本当に、あの頃の僕は自分勝手だった。

彼女の出産を前にして、それまで住んでいたワンルームを引き払い、多摩に小さなアパートを借りて、初めての共同生活が始まった。
僕にとってはその変化もストレスだった。
まだ21歳、同棲などの経験もなかったので、いきなり他人(って、結婚する彼女だが)が自分の生活のなかに入り込んでくる。結婚とは、そういうものである、というリアリティも覚悟もないままに、どんどん現実だけがやってくる。

高校〜大学の6年間、僕は狭い部屋でまるっきり独りで、誰からも自分の領域を侵されることなく、半ひきこもり生活を過ごしていた。体がそれに慣れきってしまっていて、プライベートのなかに、他者が介入してくることに耐えられない。次第に彼女とのコミュニケーションがうまくいかなくなってくる。それと反比例するように、彼女のお腹はどんどん大きくなっていく。つきつけられる現実。

そして、僕はひきこもる。

こういう経験がある人、いますよね!?
頼むから誰か、「気持ちはわかる」と言って欲しい!
あの頃の態度について、今でも妻は僕を責める。
「なんて、自分勝手な人だったか・・・」
返す言葉もない。

設備事務所でバイトした時期の後、大学院時代の写真だと思う。 奥にひきこもっている。

そんな中、僕は小さな設備系の設計事務所に職を見つけ、大学に通いながら働き始める。
彼女は大きなお腹のまま、堂々と女子大に通い続けた。「で、何か違和感ある?」と、周りの女子大生に言わんばかりの態度で。今考えても、まったく肝が据わっていた。
女の人は、覚悟した瞬間からおそろしい強さを発揮するようだ。頭が下がる。
ちなみに女子大の芸術系学科に通っていた彼女は、大学の卒業アルバムの「作品」のページに、自分の赤ちゃんの写真を掲載した。

時は、1990年代の頭。
まだバブル期の余韻が色濃く残る華やかな時代だった。
世界ではソ連が崩壊、東西冷戦が終結し、
テレビでは「東京ラブストーリー」が流行っていた。

しかし、そんなラブストーリーは僕らにはまったく関係なく、
ただ冷蔵庫を眺めながら、明日の食料に不安を抱いていた。


で、いつ房総の家の話になるんだろう・・・。

このブログについて
 

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。
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