2008.9.29

馬場家の崩壊と再生の歴史(できちゃった編)

馬場正尊
 

馬場家は比較的、波乱の多い家族だ。
今回の房総のプランは、その歴史と反省の上に成り立っている。
だから、プランの説明をしようとすれば、その歴史を語らざるを得ない。

僕らは結婚してもうすぐ20年になろうとしている。
しかし、結婚期間の合計は、15年くらいだ。間に欠落した時間がある。
房総の、この家のプランはそれと大きな関係がある。

結婚したのは21歳の春。大学4年のとき。
そう、僕は学生結婚なのだ。
大学3年の春休み、そのときつきあっていた彼女と2ヶ月に及ぶ旅を予定していた。
トルコ、イタリア、フランスをリュックを背負っての貧乏旅行。その出発の3日前に突然切り出された。
「生理がこないの・・・」
最初はリアリティが持てなかった。大学3年の僕らは(彼女とは同い年)暗黙の了解で「たぶん、おろすんだろう」と考えていたような気がする。

2ヶ月の旅への出発の日は迫っている。何はともあれ、近くの産婦人科に・・・。
待合室で診察を待つ時間の長さと、気まずい雰囲気は今でも忘れられない。明らかに学生の僕を、たくさんのおばさんや看護婦さんが見ていく。
「おやおや、学生なのに、できちゃったのね」
と、すべての人が話しているような気がした。ただの被害妄想だと思うけど。
しばらくしてから診察室のドアが少しだけ開き、小さく手招きをされた。
僕はそのとき、すべてを悟った。

診察室のなかでは、妙に目のすわった彼女がグレーの椅子の上に座して待っている。
その目の先にはモニターがあって、解像度の悪い不思議な画像が動いている。
それが、彼女のおなかのリアルタイムスキャンだと気がつくには、たいした時間は必要なかった。画面の真ん中には、小さな小さな物体が、ピクッピクッと動いている。それは生命を感じさせる絶対的な力を持った鼓動だった。その画像は、どうしようもない感情の揺さぶりを人間に与える。僕ですら揺さぶられた鼓動に、それが自らの胎内で起こっている彼女が心を動かされないはずはない。

「私、産むことにしたから」
覚悟に満ちた言葉の前に、男はまったく無力である。
穏やかで何もない、ただ怠惰だった大学時代が、その瞬間から一気に暴走し始めるのだ。

今考えれば、その産婦人科の先生は、画像をわざわざ若いカップルに見せる必要はなかった。機械的に処理するだけでもよかったはずだ。しかし、あえて僕らに見せたような気がする。親になることの意味とか、生命の意味とか、そういうものは口で言われてもわからない。ピクッピクッが現実のすべて。僕らはそれに、まんまとはまったわけだ。
その先生にすごく感謝している。あのとき、違う判断を下していたり、口頭で説教されていたりしたならば僕の人生はまったく違うものになっていた。

そのときの生命の粒が、今、僕の隣に座ってアジフライをうまいと言って食べている。4年後には、このときの僕らと同じ年齢になる。本当にあの時、産むと決断してくれてよかった。

しかし、21歳の僕は、19年後の状況を知るよしもない。ただ3日後に迫ってる海外旅行への出発が気になって仕方がない。今キャンセルしても飛行機代は返ってこないからだ。そこで僕らは、あろうことか「まあ、産むと決めたんだから行っちまうか」と、考えてしまうのだ。若さとは恐ろしいものだ。その先に深い考えもなく、トルコ行きの飛行機に乗り込んだ。
お互いの親には、何も伝えないわけにはいかないから、降り立ったイスタンブール空港のロビーからボスポラス海峡の絵葉書に、
「今、イスタンブールに着きました。子どもができてしまいました」
とだけ書いて投函した。非常識極まりない行為だ。

この旅は、帰国した後に起こるであろう苦難の現実から逃れるような逃避行だった。

トルコ旅行中のおそらく唯一の2ショット。
撮ってくれた人に肩を組めといわれしぶしぶと。なんとなく不安そうな2人。
プロローグでこんなに書いてしまったら、いつ房総の家にたどりつくんだ、という気がするが、房総の家は、馬場家の暴走の、ある種の帰着点でもあるので、まあいいか。

このブログについて
 

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。
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