2007.12.2

ピンク・マンションとオレンジ・スタジオの思い出

馬場正尊
 

いい意味でも悪い意味でも、いやおうなしに太東のランドマークがこのピンクマンションだ。

あろうごとなきデザイン。しまも全面ピンク塗り。いったいどうしてこんな建物が、こんな場所に建ってしまったのか。地元の漁師に聞いてみた。

「最初はこの建物、ラブホテルの予定で建設されていたのじゃ。しかしその会社がバブルで倒産。工事が途中で止まったままじゃった。そこをある不動産屋がそのまま買い取ってリゾートマンションにつくり変えてしまった。なぜピンクなのかは、オラにはわからん」

なるほど。十分な情報だ。
しかし、せめて白にして欲しかった。

とにかくこのマンションは目立つ。
最高の立地。おそらく窓からのビューは圧巻だろう。
いつ前を通っても駐車場には高級車がズラーっと並んでいる。入居率は100%に近そうだ。

そんな分析をしながら、何度か前を横切っている時、僕の奥底に眠る、ある記憶が蘇ってきた。
「もしかして、僕はここに来たことがあるのではないか!?」
それは大学に入ったばかりの頃の淡い記憶だった。

同級生の大人っぽい、そして少し謎めいた女の子がいた。
どういうわけかその子は、田舎から出てきてまるでパッとしない僕に興味を持ってくれた。
ある日、彼女が千葉の海辺の友人のマンションに一緒に遊びに行こうと誘ってくれた。
僕は激しい気後れと、そしてほんの少しの期待を胸に、おずおすと車の助手席に乗ってついていった。
そこで僕は生まれて初めて、東京の大人の世界を垣間見ることになる。
現地に到着してわかるのだが、その友人というのが年上のいかにもお金持ちの男で、彼女はそいつの女であるということ。別荘はそいつの持ち物で、彼女はときどきここに遊びに来るということ。僕はどう振る舞っていいのかまったくわからず、終始困惑したつくり笑いをしていたような気がする。それが軽いトラウマになったのは言うまでもない。
いまだに、なぜ彼女が僕をそこに連れてきたのかわわからない。もしかすると、年上の彼へのあてつけだったのかもしれない。確かに鈍くさい年下の僕は、そのアテにはぴったりだ。
激しいショックゆえに、そのときの記憶はあまり定かではない。人間、イヤな思い出は適当に削除するようにできているものらしい。しかし海辺のマンションがピンク色だったような気がして仕方ないのだ。周りの風景も似ているような気がする。だとすると彼女は、その男は、まだここにいるのだろうか。そんなはずはない。それから20年以上の年月が流れ、謎めいた女の子も40歳を過ぎている・・・。

そのピンクマンションの先に、同系のコンセプトでつくられたのではないかと思える、通称オレンジ・スタジオ(命名、オレ)がある。

トンネルを抜けたすぐ先、目に前には奇岩が並び、湾状になった海はまるでサスペンスドラマのセットのような場所にある。房総の荒い波がザパーンと打ち寄せ、その風景はどこかうら寂しい。僕はその風景が好きで、ときどき訪れる。

ある日、その海辺で一緒にいた友人にピンクマンションの不思議な思い出の話をしてみた。すると彼は、
「実は、オレはこのオレンジ色の建物、どっかで見たことある気がするんだよな」
と言った。もしかすると彼にも、僕のようなせつない思い出が、この房総の海辺にあるのだろうか。妙な共感を覚え、僕は彼の肩をひしっと抱きたくなった。男とは、いろいろな経験をしながら成長していくものなのだ。

帰りの車のなかで彼が言った。
「あ、思い出した。あのオレンジ・スタジオ、最近見たアダルトビデオの舞台だったような気がする!」
・・・・。
確かに男の成長には必要な思い出ではあるかもしれないが、一緒にしないで欲しい。
そう思いながら房総の海を後にした。

このブログについて
 

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。
房総R不動産トップページへ


著者紹介
 

馬場正尊

カテゴリホーム
コラムカテゴリー
 
特徴 フリーワード
フリーワード検索
関連サービス
 
メールサービス
 
SNS
 
東京R不動産の本
 
PARKnize 公園化する都市 PARKnize 公園化する都市

緑豊かなオープンスペースを街にひらく

明日の風景を探しに 明日の風景を探しに

馬場正尊による思考と記憶の雑想記

公共R不動産のプロジェクトスタディ 公共R不動産の
プロジェクトスタディ

公民連携のしくみとデザイン

CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編 CREATIVE LOCAL
エリアリノベーション海外編

衰退の先のクリエイティブな風景

団地のはなし 〜彼女と団地の8つの物語〜 団地のはなし
〜彼女と団地の8つの物語〜

今を時めく女性たちが描く

エリアリノベーション 変化の構造とローカライズ エリアリノベーション:
変化の構造とローカライズ

新たなエリア形成手法を探る

PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた PUBLIC DESIGN
新しい公共空間のつくりかた

資本主義の新しい姿を見つける

[団地を楽しむ教科書] 暮らしと。 [団地を楽しむ教科書]
暮らしと。

求めていた風景がここにあった

全国のR不動産 全国のR不動産:面白く
ローカルに住むためのガイド

住み方も働き方ももっと自由に

RePUBLIC 公共空間のリノベーション RePUBLIC
公共空間のリノベーション

退屈な空間をわくわくする場所に

toolbox 家を編集するために toolbox 家を編集するために

家づくりのアイデアカタログ

団地に住もう! 東京R不動産 団地に住もう! 東京R不動産

団地の今と未来を楽しむヒント

だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル

都市をリノベーション 都市をリノベーション

再生の鍵となる3つの手法

東京R不動産(文庫版) 東京R不動産(文庫版)

物件と人が生み出すストーリー

東京R不動産2 東京R不動産2
(realtokyoestate)

7年分のエピソードを凝縮

「新しい郊外」の家 「新しい郊外」の家
(RELAX REAL ESTATE LIBRARY)

房総の海辺で二拠点居住実験

東京R不動産 東京R不動産

物件と人が生み出すストーリー

POST‐OFFICE―ワークスペース改造計画 POST‐OFFICE―
ワークスペース改造計画

働き方の既成概念を変える本