第36話|惚れっぽい妻じゃ、ダメ?
「足下にお気をつけてくださいね、最初に斜面がつづきますから」
Tさんの声を背中にうけとめつつ、へっぴり腰でずるずると斜面を下りていきました。
最初は、たま〜に通る車の音がぶぅーんと聞こえていたのですが、ちょっとするとすうっと音がなくなり
下の方から聞こえる鳥のさえずりのほうが大きくなってきました。
まったく歩きにくい場所ですが、ひとたび道路から離れれば山の中と同じくらい緑の深いところ。
南面に広がる平地のような場所も、一応ありました。見通しがきかないので広さはぜんぜん分からなかったけど。
下の方には、まだまだ平地があるようです。
下草や枯れ枝をさばきながら歩く自分の足音だけが大きく聞こえ、あとは時々風にゆれる葉っぱの
さわさわがひびくだけ。
東京しか知らないわたしには、この「一歩踏み出せば自然」という接続感は、ほんとうに驚きです。
いや、ひょっとしたら、息が詰まるほど建物で埋め尽くされている都心が、異常なのかもしれない。
都会の真ん中で人通りを眺めながらカフェでお茶するのが一番くつろぐと思っていたけれど、
実は意外に、ヒトのいない静かな環境を望む自分がいることも、発見するんです。
有料道路の隣りだろうと何だろうとね。
さらに下まで降りると、完全に山の中腹という風情になってきました。
ところどころに赤い布の切れ端が結んであって、これが地型をなぞっているのだと判明。
奥行きも幅もあり、思ったよりも使えそうな土地です。ここだったら多少手を入れれば
ビニルハウスを数棟たてるのには問題なさそう・・・。静かで、広くて、けっこういいかも。
一旦そう思い始めると、みるみるその気になって、購買意欲が湧いてくるわたし。
だいたいね、マイナス要素だと決め込んでいた「有料道路に接する土地」というのも、考えようによっては
発見的で、ユーモラスで、チャーミングではありませんか??
頭の中にふっと、友達にメールを書いている未来の自分が浮かびました。
「・・・結局、その房総スカイラインの途中にある土地を買うことにしました。
場所はなんだか変ちくりんだけど、驚くなかれ!わりといいところなの・・・」
こんなことをいちいち妄想するなんて、夫には信じられないことだと思います。
土地探しをするために必要な冷静なまなざしは、わたしにはないのでしょうか?
惚れっぽいのかなあ。
でも、これだけ行脚が続くなかでいちいち惚れられるんだから
ある意味幸せかもしれませんな。
