銀行でプレゼンテーション

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それが、あまり意味が無いことは、うすうすわかっていた。
僕には保証人も担保もなく、あるのは前向きな姿勢とアイディアだけ。
んー、上滑りして自分で言うのも恥ずかしい。
がしかし、職業柄、とりあえずやってみた、それに意味があろうと無かろうと。
その行為とはプレゼンテーションである。

僕は企画書を持参し、住宅ローンの窓口に対してプレゼンテーションを敢行してみた。
相手は日本における超大手のM銀行(でも、一窓口でしかないけど・・・)。
職業柄、いろんな会社の役員とかにプレゼンしてきたが、こんなに自信のない無鉄砲感が漂うプレゼンは初めてだった。
それでも僕は熱く語った。
房総エリアの可能性、このプロジェクトが発端になり新たな動きが芽生えるであろうこと、そして僕の収入も少しは上がるであろうこと(笑)。
そして、この敷地に建てた建築の模型。



窓口の担当者は、いちおうまじめに聞いてくれた。
一通りのプレゼンが終わった後、その担当者は奥に5分間ほど引っ込んで戻ってきた。
そもそも東京の多摩支店の銀行窓口に、「千葉県長生群一宮町」の価値を見極めろというのが無理な設定である(でも、このときはそんな住宅ローンの常識を僕は知るよしもない)。

ひとつわかったことは、
最近の銀行は、google検索を名前でしているのではないか? ということ。
僕は聞き逃さなかった。窓口の人がしばしの間、奥に引っ込んで戻ってきた後、こう声を掛けられたのだ。
「本とか書かれてますね」
自分からは申告していない。だとすると、google名前検索で調べたとしか思えない。
ブログなどでうかつなことは書けない、ということを目の当たりにした。
例えばブログで問題発言をしてたとするなら、それは相手に筒抜けなのだ。
就職活動において、企業の人事担当が採用予定者のブログを見て、その人物の隠れた人間性を確かめている、という話は聞いたことがあるが、それは住宅ローンを借りる僕にも影響があるのだ(かもしれない、ただし、それが借りれる額や審査に影響があるのかはわからない)。

僕の場合、ちょびっと好印象。
のはずだった。しかし・・・
その後、僕が現時点でこの銀行から借りれる住宅ローンの金額を聞いて、愕然とする。
やっぱ少ない・・・・。嫁には聞いていたのだが、やはりこれだけ熱いプレゼンをしても数字は変わらなかった。諸行無常である。
そりゃ具体的な数字は書けないけど、都心では小さなマンションさえ難しそうな金額だ。これって、僕の前職の博報堂時代の新人のときに借りれる金額より低いんだけど・・・。しかし、社会とはそんなもんなのだ。思い知った。

その数字のなかでなんとかするのも仕事のうち。
いや、こういった庶民的な条件の下で状況を楽しむことこそ意味があるのではないのか!
ここはひとつ、無理をしてでも前向きにそう思うことにしたのだった。

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コメント

ご無沙汰してます。長柄のSです。
トウトウ馬場さんも暴走族…イヤ、房総族の仲間入りですか?ヤッタね!
私達夫婦の週末暴走(房総)廃屋生活も5年目を迎えました。子供の学費地獄による資金難で廃屋リノベーションは全然進んでおりませんが、近所の仲間と炭焼き窯・蕎麦作り、先月は田植え、その米ができたらどぶろく作り、夏からシーカヤックe.t.c.…田舎イベント暴走中です!
引っ越してきたら一緒にあそびましょ!
長柄S

はじめまして、私、一宮在住者です。ひょんな事から馬場さんのブログに出会い、馬場さんのこの房総移住計画を読んでビックりです!と言うのも私がここ一宮に引っ越してきた想いが馬場さんの房総への想いとダブルからです。
いつかは「房総暮らし」と夢見だしたのが18年前。2004年、ある雑誌の「海暮らし特集」がきっかけで火がつき、私たちの房総移住計画がはじまりました。
馬場さんと同様、私も仕事の中心が都内。現実的に都内へのアクセスが条件でした。何度とここ房総に通い、生活の事、仕事の事、周りの環境、そしてこれからの人生の舞台として(?)、いろいろ考えてここ一宮を決めました。
土地探しからはじまり、いろいろ難題はありましたが、漸く昨年我が家が完成しました。
そして今、ここ一宮を拠点に何かできないか(地域密着)と、家内と話しているところです。そして馬場さんのブログに行き着いた訳です。

いいところですよ。一宮。関東でありながらこの開放感。海がそばにあるってだけでなんか心地いいです。田舎ゆえの苦労はありますけどね、、。(海風、スギナ、松花粉、、、)海辺に住んだら、、って考えてたサーフィンも始めました。
馬場さんが目をつけた土地、近所です。私もいいロケーションだなって見てました。

一宮散策(お店探しや絶景ポイント探し、、)同様、都内でのアフター5パターンの散策も必要になりました。というのも特急『わかしお』の最終が22時発だからです。東京駅周辺での飲み屋探し。、、、酒は欠かせないもので。

馬場さんと一宮で会える事を夢見ています。

はじめまして。こんにちは。
私の両親は定年を迎え田舎暮らしがしたいと、数年前から一宮に住んでいます。色々な土地を探した結果、まだ未開発で自然がたくさん残る、それでいて暮らしやすく私達東京で暮らす娘達も出て行きやすい事からこの地にたどり着きました。私はボディボードをするのでうれしいかぎりです。

「未来の上総一宮をつくる会」をご存知でしょうか?
私の両親も時々参加していて、私も今後顔を出したいな〜と思っている会です。この会でバックアップしていた玉川孫一郎さんが先日の町長選で当選しました。一宮は今かわろうとしていて、色々と模索中です。
私も仕事は建築設計です。
何か一緒におもしろい提案が出来たらいいな〜!
なんて思っています。

馬場さんが一宮に移住計画をしていることは同職で波乗り友達の友人から聞きました。彼は佐賀県人。会で馬場さんにお会い出来るのを楽しみにしていますよ!
私も一宮でお会い出来るのを楽しみにしています。

馬場です。
コメント、ありがとうございます。
ほんと、うれしいです。

長柄のSさま
おひさしぶりです。
思えば、あの時の訪問が、僕にとって初房総でした。
それが、こんなことになってしまおうとは・・・
夢にも思いませんでした。少なくともあの時は。
しかし、流れていた空気の綺麗さや、週末をゆったり過ごされているご家族の姿を見て、異様に心を揺さぶられたのは確かです。
また、遊びに行きます。

ウエスト様
一宮の大先輩ですね。よろしくお願いします。
そうそう、22時東京発の「わかしお」には、僕もお世話になるそうです。金曜の夜はそれで帰ることも多いと思います。
房総を楽しむには、独特のノウハウと知恵が必要そうですね。ぜひ、教えてください。会えるのを楽しみにしています。ご近所さんとして。

彼が佐賀のhana様
そのマイノリティ度、すでにウマがあいそうです。
「未来の上総一宮をつくる会」ってのがあるんですね。
そうかあ、このエリアは今、変わろうとしているんですね。
基本的に変化のなかに身を置いているのが好きなので、そういう状況も呼んでいるのかも。
同業者、きっと近いうちに会いそうですね。
そのときは、よろしく。

はじめまして(^u^)私は4年前に2年ほど、太陽の里のすぐ裏に住んでいたakiと申します!!東京生まれ、東京育ちな私ですが、短大はいってすぐ色んなものに疲れてしまい、なんだか急に馬場さんのような暴走劇が始まり全部やめて千葉、長生村に引っ越しました。今までの生活とはまったくちがって、ほんとに何をしてても自然といっしょな感じ、人間らしい人間にたくさんであって、ほんとに私にあってる土地でした。海に入り、暗くなったら、あがってビール飲んでねる。そして仕事もがんばれたりと。

しかし、、、、、、、。。。

akikoさん

「しかし、・・・・・」
って、その先、気になります。
いったい、この先にどんな言葉が潜んでいるのだろうか。

わ!お返事ありがとうございます
しかし、わたしは家の更新だの、そしてやりたい仕事があり、いろんな事がかさなり、一度地元、親の元に帰ってきました。一つ松にいつか帰るんだって自分の中で誓いながら。。ここに帰るために、ここでずっと生活していくには、このままいても、ダメな気がして。。そしてケーキ屋で働き3年がたちました。
わたしの夢、海のそば、人も空気も大好きな千葉でケーキをつくりcafeをやることで、久しぶりに先週一つ松にいったら、nayaに出会い衝撃がおこりました。残念ながら定休日。。また伺います(^u^)

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このブログについて

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。

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著者紹介

馬場正尊