東京にだけ住んでいることは、幸せなのだろうか?

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実際、都心居住に少々飽きていた

基本的に都心の喧噪は好きだ。今住んでいる第一京浜沿いの部屋からは、車のライトの帯が見え、クラクションの音さえも聞こえてくる。窓から見えるネオンサインは24時間眠らない東京の象徴で、その膨大な記号の海のなかに身をゆだねて生活する感覚は快楽だった、少なくとも最近までは……。

がしかし、最近僕は少し疲れている。車が道路を揺らす振動が通低音のように体の中に流れ続け、悪いモノが体内に蓄積されるような感覚。身体のバランスが少しづつズレ始めていることに危機感を感じ始めていた。この生活がずっと続けられるはずはないだろう。と、そんなことを考える日々。

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東京の夜景....。

ある日、ふと気が付いた「九十九里浜は近い?」

僕の部屋には地図帳が常備してある。中学校の社会の時間に使う、馴染みのあるあれだ。昔から地図を眺めてはその街の風景を空想するのが好きだった。だから地理は得意だったし、大学時代はバックパッカーで世界を歩いた。今でも現実から逃れたいときは、その地図帳を開く。

その日も同じようにふらりとページをめくると、そこは関東平野だった。もっとも身近なので、もっとも眺めないページ・・・。しかしこの日は偶然、東側のゆるやかな曲線部分に目が止まった。九十九里浜、改めて見ると東京からの距離が不気味に近い。イメージでは遠い遠い場所だったのに。

そういえば、東京R不動産の同僚Yが最近サーフィンを始め、九十九里へ通っていると話していた。僕は「まったくモノ好きだなあ、あんな遠いとこに」と気にも留めていなかったが。

それからしばらく、その小さな気づきは、記憶の底に眠ったままだった。

そして、房総への扉が開いた

リラックス不動産を始めたことで、いやおうなく房総に足を向けることになった。最初はどちらかというと、湘南や沖縄に目が向いていたのだがなにせ物件がない。沖縄はやはり遠い。そこで半ば強引にYに連れていかれたのが、今思えばそれが、房総への扉が開いた瞬間だった。

通ってみると、東京からは意外なほど近い。首都高に飛び乗って、京葉道路→千葉の東金道路→東金九十九里道路と上手に繋いでいけば、九十九里浜まで1時間半で着いてしまうのだ。地図をなぞると、ね、確かに近いでしょ。

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ワイルドな空に、我を忘れる

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九十九里浜が近づいてくると空気の質も変わる。高速の緩やかなカーブを曲がっていきなり広がる大きな海は、湘南のそれと違い、ワイルドで殺伐としている。明らかに表情が違うのだ。湘南が洗練されたやさしい海ならば、こっちはやんちゃな野性がまだ色濃く残っている。春先には人影もまばらで、冷たい風がピューピュー吹いていた。

にもかかわらず、平日なのにサーファーたちが

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こいつらは一体何をしている人々なのだろう?

平日なのに海には適度に人がいる。波がいい日だったので、所々で白いしぶきを上げながら、サーファーたちは思い思いに波に乗っている。気温はまだ10度を少し超えたくらい。水の中はどんなだろう。ただ僕は、この風景を眺めながらからだの奥底から、子どものときに感じたことのある、言いようもないワクワク感が沸き上がっているのをうっすらと気が付いていた。

本能的でプリミティブな感情。そのときは、その感情があらゆる現実を押し流していくことになろうとは、知るよしもない。

それから数か月後、僕の房総への暴走が始まる。

一松のパン屋、naya >>

コメント

 私もこの夏に九十九里への道に目覚めてしまい、望みのロケーションにある物件を探している日々です。九十九里浜のあの適度な過疎感が、週末都会からの脱出を望む私にとっては"癒し"なんだと思います。タイムリー(自分にとっては)なテーマに期待と興味で一杯です。楽しみにしてます。

15の時、いとこの兄ちゃんに始めて波乗りに連れて行かれた。ポイントは仙台新港。
高校生になった頃、小田急線に板の持ち込みがゆるされた。鵠沼、辻堂、茅ヶ崎、七里。
太郎と二人で電車サーファーデビュー。時にはボードケースに身を縮め浜で寝たこともあった。
カッコイイサーファーの兄さんやムスクの香り漂うサーファーネーさんがたくさんいた時代。
もてたい一心で波乗りをしていた。
免許を取るころには波はやっぱり千葉、茨城に気づき、それから約22年間、房総半島フリーク。
ただただ楽しく生きる毎日。永遠に続く楽しい毎日を疑うこともなかった。
水分とミネラルをたっぷり含んだ足元の砂浜が砂漠の砂に変わり、気がつけば周りとの調整と溜まったストレス発散のための波乗りをしている自分に気がついた。
海の中は見た目より厳しい。楽しさの期待と同じだけ命を落とす可能性を秘めている。入るときには理想の波乗りをイメージする。しかし大波に飲まれ上も下も分からないまま巻かれ続ける。呼吸出来ない苦しみの中で諦めの誘いがやってくる。行けば逝くことになる。
理想と現実の波の上でバランスを取るときに一番大切なこと
は平常心。
リラックスした素の自分を取り戻したとき万物に感謝する気持ちが生まれる。
馬場さんの人生を覗いたことはないが "身体のバランスが少しづつズレ始めていることに危機感を感じ始めていた。" 目に見えないサインに気づき行動に移した意味はきっと近い未来に分かります。
今は鈍感だった自分が蘇生した自分に感謝する毎日。
是非、自然が残るところで自分の変化を楽しんでください!

機会があれば片貝にある一押しの食堂も教えますよ。
22年通いました。
親父さんもたくさんの波を乗り越えた人です。

馬場です。
コメントと綺麗な文章、ありがとうございます。
片貝の食堂、ぜひ行ってみたいです。
40前になってはじめてサーフィンをやろうと、先日トライしましたが、まったく乗れる気がしない。スポーツは得意だったんだけど。
しかしプカプカ波にのまれているだけでも、ずいぶん気分が楽になり、このあたりで生活してみるのもいいなあ、と思い始めました。

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このブログについて

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。

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著者紹介

馬場正尊